古事記と日本書紀の違い

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古事記が先に書かれ始め、完成する前に日本書紀も編集され始めました。二つは同じ天武天皇の命によって制作されます。

その理由は、天武天皇が即位される前に起こった古代史最大の内乱『壬申の乱』等により、それまでの歴史書(『天皇記』等)が焼失してしまったからです。各有力な豪族達はそれぞれの家の歴史書があり、しかし天皇家の物は焼失してしまいました。これを憂いた天武天皇が正統な歴史書として『古事記』を、その後に『日本書紀』の制作を命じました。

八年と間を空けますが、大体同じ時期に、同じ天皇によって作られた二つの歴史書ははっきりとした違いがあります。二つの違いでよく指摘されるのは、『古事記』は国内向けであり、『日本書紀』は外国向けだという事です。

平仮名やカタカナがなく、漢文しかなかった当時、編集者の大安万侶は日本語の響きで、日本語のままで読めるように『古事記』を表そうと苦心します。記述方式も紀伝体(一つの出来事を中心として記述する形式)で、人々の悲哀や復讐を歌を織り交ぜて書かれ、文学的要素が強いです。また日本という言葉は登場せず、倭とか大和という言葉で日本を表します。

『日本書紀』では年毎に出来事を表す編年体で記述され、まさに歴史書。日本という言葉も、ここで初めて登場したそうです。外国向けに漢文で書かれています。ちゃんとした歴史を持つのは正統な一国としての証で、遣唐使によって献上もされたそうです。

『古事記』は国内向けに天皇の正統性を訴えるもので、『日本書紀』は外国向けに日本という国の正統性を主張する物、といえます。また現在使われている天皇という号は、編集を命じた天武天皇の時に作られたと言われています。初代神武天皇の神武、というのも死後に贈られた尊号で、当時は神武とは呼ばれていませんでした。漢文風なのは中国を意識した為です。

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